かもめのジョナサン読みました。
とは言っても、買ったわけでもないし、借りたわけでもないのです。 つまり、ちゃんと読んだとは言いがたい。 ふと、生協の書籍部で、昼休みに立ち読みしたのでした。 これまで、かもめのジョナサンといえば、はじめの部分しか知らなかったのです。 そう、低空飛行の練習をする部分です。 それで、ジョナサンはただの変わり者くらいに思っていました。 しかし、それは、違うのです。 ジョナサンこそが教祖だといっても過言ではないでしょう。 この本はすごいのです。シッタカブッタなんて目じゃないに違いありません。
閑話休題。 数学がだめな理由が解りました。頓悟です。 数学は、問題を解決しようとしているのです。 公理から定理を、定理から定理を生み出し、そして、定理から解を見いだす。 こんな些細なことに、気を取られては、だめだったのです。 本来、人間はもっと聡明なはずです。 定理を生み出し、それに真理を与えたとき、人間はすでに堕落しているのです。 問題は、それ自身が本質で、部分に分けて解くものではないのです。 それに、解はもとから自分の内側にあるのです。 解を求めるのではなく、すでに、解を得ている自分をイメージするだけで、 問題は解けるのです、いや、解けなくてはだめですし、 すでに解けているはずでもあります。 そして、解を求めるのにプロセスやメソッドなど存在しません。
なぜ、人間はこんなにも没落してしまったのでしょう? いや、人間ははじめから没落していたのかもしれません。
そして、新しい物語が始まるのです。 脳は神経細胞がシナプスを介して相互に結合し、 超並列計算しているのはご存知でしょう。 さらに、人間は脳細胞の半分も使っていないと言われています。 これではだめですね。 しかし、本当にだめなのはこんなちっぽけな無駄遣いではないのです。 脳は幼少期に完成し、それ以降、新しい細胞が生まれることはないといわれています。 では、脳細胞にあるDNAは何のためにあるのでしょう? もちろん、超並列計算のためです。 覚醒時の人間は、脳内の全細胞がDNA2重螺旋ネットワークによって、 相互に結合し、そして、超々並列計算をするはずなのです。 このときの脳の計算能力は、 脳細胞とシナプスだけの計算能力の100テラ倍とも言われています。 そんな、人間に形骸化した数学など必要でしょうか? いいえ、必要ありません。
