プログラミングにはスレッドという概念がある。
そもそもプログラムというのは人生のようなものである。 何らかの方法で起動され、自らに定められた一連の命令を実行し、 使命を終えると終了する。 生まれて、運命に翻弄され、そして死んでいく人間の写像である。
「スレッド」という言葉の意味は「糸」だ。 プログラミングにおけるスレッドとは、プログラムのひとつの人生だ。
もちろん、スレッドが唯一つの人生を表しているのであれば、 スレッドという概念は不必要だ。 それが、理系だ。 世の中にはマルチスレッドプログラミングというものが存在する。 ひとつのプログラムというコンテキストに複数のスレッドが存在できるのだ。 しかも、非常に便利なことに、最初からある人生も、 後から作られた人生と同等に扱えるのだ。 つまり、最初からあるスレッドを終了しても、すべてのスレッドが終了するまで、 そのプログラムは終了しない。
では、ひとつの人間という実体に複数の人生というのは存在できるのだろうか? その解に限りなく近いものを与えるのがインターネットだ。 ネット上にある、現実とオルタナティブな仮想空間では、 スレッドを作るのと同じくらい簡単に 新たな人生を作ることができる。 人生にやりなおしのきく世界が構築されているのだ。 そして、人々はそれぞれの人生をハンドルで区別する。
ただ、残念なことに、最初からある人生と、 後から作られた人生を同等に扱うことはできない。 最初からある人生を終了させると、 すべての人生が終了してしまうので注意が必要だ。
